私は、Beverichの顧客でした。
Beverichが日本へ輸入していたBRULOを何度も買い、かなりの本数を飲んでいます。
初めて飲んだときは、正直に言えば「下手な地ビールより美味しい」と思ったほどでした。
IPA、DDH IPA、GOSE、スタウト。
当時の日本では、ノンアルコールビールといえば大手メーカーのラガー系が中心です。そこに、クラフトビールと同じように「今日はどのスタイルを飲もうか」と選べるBRULOが入ってきた。
私にとっては、かなり新鮮な体験でした。
だから、Beverichがノンアルコール飲料事業を終えたことは、顧客として残念でした。
同時に、一つの疑問が残りました。
良い商品があり、実際に需要も確認されていたのに、なぜ事業は続かなかったのでしょうか。
公開情報で直接確認できる事業停止のきっかけは、Beverichが扱っていたBRULO旧0.0%版について、メーカー側から製造停止を告げられたことです。
Beverich側は需要があることを伝えて製造継続を求めましたが、実現しませんでした。
一方で、これだけでBeverichという事業の意味を説明し切れるわけでもありません。
木下慶氏は事業を振り返り、
- 他社の商品であること
- 輸入品であること
- 重いこと
- 賞味期限が1年と短いこと
- 粗利率があまり良くないこと。
という5つの構造的な課題を挙げています。
https://tsun.ec/blogs/case-study/interview-beverich-1
この記事では、事業停止の直接要因と、木下氏が後から整理した事業構造上の課題を分けて見ていきます。
Beverichは、ノンアルコールビールメーカーではない
まず整理しておきたいのは、Beverichはノンアルコールビールを製造する会社ではなかったことです。
Beverich株式会社は2022年に設立され、2023年1月にノンアルコール飲料などを扱うECサイト「Beverich」を正式公開しました。
代表の木下慶氏は、飲料メーカーの出身ではありません。
NTTデータ、ランサーズを経てメルカリへ入り、メルカリUS・UK版のプロダクトマネージャー、国内フリマ事業のHead of Product、物流子会社メルロジのCPOなどを経験しています。
つまりBeverichは、「飲料を作ってきた人がノンアルを始めた会社」ではなく、
「IT・EC・物流の経験を持つ人が飲料市場へ入ってきた会社」でした。
当初扱っていた商品も、ノンアルコールビールだけではありません。
- ノンアルコールワイン
- 低アルコールビール
- スピリッツ系のノンアル飲料
- コンブチャ
- ボトリングティー
- その他のスペシャルティドリンク
国内外から「大人が選びたくなる、お酒以外の飲み物」を集めるセレクトショップに近い構想でした。
さらにその先には、商品の仕入れ、販売、卸、物流などをテクノロジーで効率化するプラットフォーム構想もありました。
単なる輸入販売店より、かなりスタートアップ的な発想です。
「日本にないなら、海外から持ってくる」という合理的な答え
日本でクラフト系のノンアルコールビールを事業にしようとすると、大きな問題があります。
そもそも作るのが難しい。
以前、アストローカジャーナルで取り上げたkuu-soo BREWINGは、自前の工場を持たず、全国のブルワリーと共同開発する「ファントムブルワリー」という方法を選びました。
それでも、最初の商品を作るまでに約20か所の醸造所から製造を断られています。
では、国内で作ること自体をやめたらどうでしょうか。
海外には、すでに完成度の高いクラフトノンアルが存在する。
それを日本へ持ってくればいい。
Beverichが選んだのは、こちらのルートでした。
これなら、自社で醸造設備を持つ必要はありません。
ノンアルを作れるOEM先を探す必要もありません。
ゼロからレシピを開発する必要もない。
すでに海外市場で販売されている商品を発見し、日本へ輸入し、必要としている消費者へ届ける。
小さな会社がノンアル市場へ参入する方法として、かなり合理的です。
そして、その代表的な商品がBRULOでした。
BRULOには、実際に需要があった
BRULOは、スコットランドのCoast Beer社が展開するクラフトビールブランドです。
Beverichが当時輸入していたBRULOはアルコール分0.0%。
しかも、日本の大手ノンアルではほとんど見かけなかったスタイルを展開していました。
- IPA
- DDH IPA
- GOSE
- スタウト
- ラガー
2023年1月、BeverichはECサイトの正式公開と同時にBRULOの先行予約を開始します。
翌2月の正式販売開始時、Beverichは「先行予約販売開始日に全種類ほぼ完売」だったと発表しています。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000109691.html
その後もBeverichは国内で販売数を増やしていると説明し、同年10月にはCoast Beer社との間でBRULOの日本国内における独占販売契約を締結しました。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000028.000109691.html
木下氏自身も後のインタビューで、販売を始めてからノンアルコールビールへのニーズを実感したと振り返っています。
少なくとも、BRULOという商品に需要がなかったわけではありません。
そして私自身も、その顧客の一人でした。
ただし、ここは分けて考える必要があります。
商品への需要があることと、その商品を輸入販売する事業として十分な採算が成立することは別です。
先行予約の完売や販売数の増加から、Beverichのノンアル事業全体が黒字だった、十分な利益を出していた、とまでは分かりません。
Beverichは5,000万円を調達していた
Beverichは、小さな輸入商社として静かに運営されていた会社でもありません。
2023年1月のEC正式公開と同時に、総額5,000万円の第三者割当増資を発表しています。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000109691.html
出資者には、メルカリ共同創業者の富島寛氏、石塚亮氏、小泉文明氏など、木下氏の以前のキャリアとも関係の深い個人投資家が並んでいました。
調達資金の用途として掲げられたのは、ノンアルコール飲料等の流通と、関連プロダクト開発のための人材採用。
つまり目指していたのは、「海外のノンアルを輸入してネットで売る」だけではありません。
- B2CのEC
- 飲食店や小売店への卸
- 受発注や物流の効率化
さらに2023年には、LINEを使った飲酒記録アプリまで公開しています
Beverichは、ノンアルを一商品として売るだけでなく、ノンアルを含めた飲料の流通や飲酒体験そのものをプロダクト化しようとしていたように見えます。
IT企業出身の創業者らしい構想です。
ところが、商品を増やすほど在庫も増える
Beverichは当初、かなり幅広い飲料を扱っていました。
しかし後に木下氏自身が、事業を実際に運営してみると在庫管理や賞味期限などの課題があり、ノンアルコールビールへ集中していったと振り返っています。
ここから、Beverichが実際の運営で直面した問題が見え始めます。
ECなら、商品数を増やせば品揃えは魅力的になります。
しかし飲料はデータではありません。
10種類の商品を並べるなら、10種類の実物を用意する必要があります。
しかも海外から輸入する。
発注して翌日届くわけではありません。
輸送期間があり、一定の発注単位があり、商品ごとに需要も違います。
売り切れれば機会損失になる。
だから在庫を持つ。
しかし、需要予測を外せば商品が残る。
そして食品には賞味期限があります。
品揃えの豊富さは、そのまま在庫管理の複雑さにもなります。
Beverichが幅広い飲料からノンアルコールビールへ扱いを絞っていった背景には、こうした在庫管理や賞味期限の課題があったと木下氏自身が説明しています。
木下氏が後から挙げた「5つの課題」
ここからは、BRULO旧0.0%版の製造停止という直接の出来事とは分けて考えます。
木下氏はBeverichの事業を振り返り、次の5点を課題として挙げています。
- 自社で作っていない、他社の商品を仕入れていること
- 輸入品であること
- 重いこと
- 賞味期限が1年と短いこと
- 粗利率があまり良くないこと
そして、この5つは後のHOPENという事業を見ると、さらに意味が分かりやすくなります。
「重い」は、どうやっても消えない物理制約
5つの中でも、「重い」という表現は印象的です。
あまりにも当たり前だからです。
ビールは重い。
330mlなら、中身だけでも330gあります。
100本売れば100本を運びます。
1万本売れば1万本を運びます。
どれだけECサイトを改善しても、AIを導入しても、受発注を自動化しても、最後には物体を運ばなければなりません。
SaaSなら利用者が増えても、同じソフトウェアを複製して届けることができます。
飲料ではそうはいきません。
売上を増やせば、それに応じて仕入れ、輸送、保管、出荷する商品の量も増えます。
もちろん物流は効率化できます。
実際、木下氏はメルロジで物流プロダクトに関わってきた人物です。
だから「物流を知らなかった」という話ではないでしょう。
むしろ興味深いのは、物流をよく知っている人でも、重量という物理制約そのものを消すことはできないということです。
「賞味期限1年」は、本当に短いのか
もう一つ、最初に読んだとき私が引っかかったのが、「賞味期限が1年と短い」という点でした。
飲料で1年。直感的には、そこまで短いように思えません。
しかし輸入品として考えると、見え方が変わります。
- 工場で作られた商品を発注する
- 海外から日本へ運ぶ
- 通関する
- 倉庫へ入れる
- そこから販売を始める
- さらに、欠品を避けるために次の在庫を先に注文する
複数の品目を扱えば、それぞれについて同じ管理が必要です。
ここからは私の解釈ですが、問題は単純に「12か月しか保存できない」ことではなく、長い補充リードタイムと在庫を必要とする輸入ビジネスなのに、商品には確実にタイムリミットがあることだったのではないでしょうか。
売れれば問題ありません。
しかし需要予測を外した瞬間に、余った商品には時間制限があります。
しかも、安く仕入れるためにロットを増やせば在庫リスクも増える。
Beverichのケースでは、賞味期限単体ではなく、輸入、在庫、補充リードタイムとの組み合わせで見る必要がありそうです。
私が最も根本的だと感じるのは、「他社の商品」であること
ここからは、5つの課題についての私自身の分析です。
Beverichのケースを理解するうえで、私が最も根本的だと感じるのは、自社で作っていない、他社の商品を仕入れていることです。
これは単に粗利率の話ではありません。
- BRULOが売れる
- 日本でファンが増える
- 飲食店で扱われる
- Beverichが広告し、営業し、市場を開拓する
それでも、BRULOそのものはBeverichの商品ではありません。
レシピを決めるのはメーカーです。
商品仕様を決めるのもメーカーです。
そして、製造を続けるかどうかを最終的に決めるのもメーカーです。
国内で自分たちが製造しないことで、設備や商品開発という大きな問題を回避できる。
その代わり、商品の製造継続を自分たちだけでは決められない。
そしてBeverichのケースでは、この制約が実際に表面化しました。
直接の事業停止要因は、BRULO旧0.0%版の製造停止だった
木下氏の後年の説明によれば、Beverichが扱っていたBRULO旧0.0%版について、メーカー側から製造停止を伝えられました。
Beverich側は、「これだけ需要がある」と伝え、製造を続けてもらえないか交渉したといいます。
しかし、継続は実現しませんでした。
Beverich自身には、BRULOを自社で製造し続ける権限はありません。
その後、顧客へ終了を告知し、残った在庫を数か月で売り切った。
公開情報から確認できる範囲では、これがBeverichのノンアルコール飲料事業が止まる直接的なきっかけです。
ここは、先ほどの5つの構造的課題とは分けておく必要があります。
5つの課題が原因となって事業を終了した、と木下氏が説明しているわけではありません。
BRULOそのものがなくなったわけではなかった
その後、BRULOは日本へ戻ってきました。
2026年、BRULOはグローバルで商品をリニューアル。
従来のアルコール分0.0%から、0.5%へ変更されています。
日本での販売も再開されました。
そして日本総代理店は、Beverich株式会社から合同会社ハッピーマウンテンへ変更されています。
https://brulo.jp/releases/202603-new-brulo?utm_source=chatgpt.com
つまり、より正確には、BRULOというブランドそのものが消滅したのではなく、Beverichが扱っていた旧0.0%版が製造終了し、その後BRULOは0.5%へリニューアルされたということになります。
旧0.0%版の製造停止と、BRULOブランドそのものの終了は同じではありません。
では、Beverichはなぜ0.5%版を扱わなかったのか
当然、疑問が残ります。
旧0.0%版がなくなるなら、新しい0.5%版をBeverichが扱う道はなかったのでしょうか。
Beverichは過去に1%未満の低アルコール飲料も扱っていました。
したがって、「0.5%になったからBeverichでは扱えなかった」と単純に説明することはできません。
では、なぜ続けなかったのでしょうか。
ここは、公開情報だけでは分かりません。
- BRULO側との具体的な交渉条件
- 0.5%へのリニューアルについてBeverichとメーカー側でどのような話があったのか
- Beverichが新しい0.5%版を扱わなかった最終的な理由
これらは公開されていません。
次に選んだのは、5つの課題を反転させる事業だった
Beverich株式会社自体がなくなったわけではありません。
木下氏はその後、メンズスキンケアブランド「HOPEN」を立ち上げています。
ここで興味深いのが、木下氏自身がBeverichで感じた5つの課題を、次の事業では改善する方向で設計したと説明していることです。
Beverichでは、
- 他社の商品
- 輸入品
- 重い
- 賞味期限が1年と短い
- 粗利率があまり良くない
という課題があった。
そこで次は、
- 自社ブランド
- 国内製造
- 軽い商品
- より長く保管しやすい商品
- 粗利を確保しやすい商品
を選んだ。
これは、「5つの課題がBeverich撤退の原因だった」という話ではありません。
むしろ重要なのは、Beverichで事業を経験した木下氏が、次の事業を設計する際に何を変えようとしたのかです。
事後的に本人が課題として認識していたものが、HOPENの設計にかなり明確に反映されています。
それでも、私はBRULOがなくなったことが残念だった
ここまで事業構造について書いてきましたが、顧客だった私の感情はもっと単純です。
BeverichからBRULO旧0.0%版を買えなくなったことが、残念でした。
私は実際にBeverichからBRULOを何度も購入しました。
もちろん、何の不満もなかったわけではありません。
- 価格は高かった
- 常飲するには負担が大きい
- 購入したロットによって、最初に感じたほどの美味しさを感じなかったこともあった
それでも当時、日本で普通に買えるノンアルコールビールの中では、BRULOはかなり面白い存在でした。
「ノンアルなのにIPA風」ではなく、IPA、GOSE、スタウトと、クラフトビールのようにスタイルを選べる。
その体験を日本へ持ってきたことは、Beverichの明確な功績だと思います。
だからこそ、「輸入ビジネスなんだから、続かなくて当然だった」で片付けたくありません。
良い商品を日本へ持ってきて、実際に需要も生まれた。
一方で、事業を経験した木下氏自身は、そのモデルの中にいくつもの課題を見つけていた。
そして最終的には、Beverich自身では決められないメーカー側の旧0.0%版製造停止によって、ノンアル事業は止まった。
この二つは、分けて考える必要があります。
今でも、私はBRULOが好きです。
新しくなったBRULOのレビューは、下記にて投稿しています。
「作らない」という答えにも、別の難しさがある
kuu-soo BREWINGは、日本でノンアルコールビールを作ろうとしました。
工場を持たず、既存ブルワリーと組むという合理的な方法を選びました。
それでも、最初に約20の醸造所から断られました。
Beverichは、さらに別の答えを選びました。
日本で作るのが難しいなら、海外ですでに完成しているものを持ってくればいい。
これによって、
- 醸造設備
- レシピ開発
- 製造ノウハウ
- 製造委託先探し
といった問題の多くを回避できます。
実際、BRULOという魅力的な商品を日本へ届けることもできました。
一方、Beverichのように海外ブランドの商品を仕入れて日本で販売するモデルでは、
- 国際物流
- 重量
- 在庫
- 補充リードタイム
- 賞味期限
- 粗利
- そしてメーカー依存
といった別の制約が顕在化しうることも、このケースから見えてきます。
それらがすべての輸入型ノンアル事業で同じ程度の問題になるわけではありません。
また、それらがBeverichの事業終了を引き起こしたと断定することもできません。
Beverichについて公開情報から直接確認できる停止のきっかけは、あくまでBRULO旧0.0%版のメーカー側での製造停止です。
その一方で、木下氏自身が5つの構造的課題を認識し、次の事業ではそれを反転させるような設計を選んだことも、また事実です。
kuu-soo BREWINGの記録からは、「日本で作る」難しさが見えました。
Beverichの記録からは、「海外ですでに作られたものを持ってくる」という合理的な方法にも、別の制約が存在することが見えてきます。
ノンアルコールビールは、作るのが難しい。
そして、「作らない」という選択にも、別の難しさがあります。
主な参考資料
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S1:テキサス・アユミ「事業ありきではなく、経営ありき。ピボットで課題を設計図に変える経営者の意思決定:Beverich株式会社 代表取締役 木下慶さん」Tsun Inc.、2026年
-
S2:Beverich株式会社「Beverich、ノンアルコールクラフトビール『BRULO』正式販売開始」PR TIMES、2023年
-
S3:Beverich株式会社「Beverich(ビバリッチ)、イギリスのノンアルコールクラフトビール『BRULO(ブルーロ)』の日本国内における独占販売契約を締結」PR TIMES、2023年
-
S4:月刊高専「高専での経験がやがて起業につながった。ノンアルコールビールでめざす『適正飲酒』の未来」2025年
-
S5:BRULO「BRULO(ブルーロ)が日本で販売再開 ― 0.5%の低アルコールビールとしてフルリニューアル」2026年