ノンアルコールビールには、発酵はするけれど、アルコールはできるだけ作らせないという製法があります。
アストローカジャーナルでは、こうした製法を「アルコール抑制発酵型」と呼んでいます。
普通のビールでは、酵母が麦汁の糖を利用して発酵し、アルコールや二酸化炭素、さまざまな香味成分を作ります。
そこで疑問になるのが、発酵させればアルコールができるはずなのに、どうやってノンアルコールや低アルコールにするのか?ということです。
様々な方法で、各社はアルコール抑制しながら発酵させることに取り組んでいます。
- 発酵を早めに止める
- 非常に低い温度で酵母を働かせる
- 麦汁の主要な糖を利用できない酵母を使う
- そもそも発酵可能な糖が少ない麦汁を作る
アルコール抑制発酵型では、酵母、麦汁、温度、発酵時間などを組み合わせて、発酵による変化を利用しながら、エタノール生成だけをできるだけ小さくするよう設計します。
ここには、ノンアルコールビール造りの難しさがよく表れています。
ビールらしい発酵を進めたい。けれど、発酵を進めればアルコールも増える。
アルコール抑制発酵型では、この矛盾の中で、限られた発酵をどう使うかが重要になります。
また、アルコール抑制発酵では、発酵という工程を行うがゆえに、アルコール0.00%にするのが難しい。0.00%近くまで抑えるほど、発酵設計の自由度が小さくなり、難易度が上がるという欠点もあります。
アルコール抑制発酵型には、いくつもの方法がある
アストローカジャーナルでは、ノンアルコールビールの製法を大きく、
- 非発酵型:発酵そのものを利用しない
- アルコール抑制発酵型:発酵は利用するが、発酵段階でアルコール生成を低く抑える
- 脱アルコール型:一度発酵させた後、生成したアルコールを取り除く
と整理しています。
3つの製法全体については、下記の記事にて詳しく解説しています。
この記事で扱うのは、二つ目のアルコール抑制発酵型です。
- ビールらしい発酵を進めたい
- しかし、発酵を進めればアルコールも増える
アルコール抑制発酵型では、この2つの矛盾の中で、限られた発酵をどう使うかが設計されています。
なお、一般に、アストローカジャーナルが「アルコール抑制発酵」と呼ぶアプローチに対して、「制限発酵」という言葉が使われることがありますが、文献上や研究では発酵を途中で止める方法に近い意味で使われる場合があります。
そのためアストローカジャーナルでは、「制限発酵」をアルコール抑制発酵型全体の総称にはしません。
「発酵を途中で止める」だけでは、発酵段階でアルコール生成を抑える技術全体を説明できないからです。
アルコール生成を抑える方法は一つではない
発酵させながら、どうやってアルコールを少なくするのでしょうか。
整理すると、変えられるのは主に、「酵母 × 麦汁 × 温度 × 時間」です。
発酵を途中で止める
もっとも直感的なのは、発酵を始めた後、エタノールが増えすぎる前に発酵を止める方法です。
発酵時間を短くすれば、そのぶん酵母が利用する糖も減り、生成するエタノールも少なくなります。
文献で「制限発酵」や「発酵停止」として扱われる代表的な方法です。
ただし当然、通常のビールならその後に進むはずだった発酵も途中で終わります。
それが最終的な味にも影響します。
非常に低い温度で酵母を働かせる
別の方法がコールドコンタクト発酵です。
名前の通り、0℃前後という非常に低い温度で酵母と麦汁を接触させます。
低温によってエタノール生成を強く抑えながら、酵母による一部の変化を利用します。
重要なのは、エタノールをほとんど作らないからといって、酵母が何もしなくなるわけではないことです。
この点は後で詳しく見ます。
麦汁の主要糖を食べられない酵母を使う
現代の低・ノンアルコールビールで特に興味深いのが、酵母そのものを選ぶ方法です。
たとえばFermentisが低・ノンアルコールビール向けに販売しているSafBrew LA-01は、糖によって、利用するものと、しないものが分かれています。
- 利用する
- グルコース
- フルクトース
- スクロース
- 利用しない
- マルトース
- マルトトリオース
麦汁にはマルトースなどの糖が含まれています。
その主要な糖を利用できない酵母なら、酵母自体は活動しても、大量の糖をエタノールへ変換できません。
酵母を弱らせるのではなく、何を食べられる酵母なのかを選ぶ。
これも、アルコール抑制発酵型の一つの方法です。
酵母だけでなく、麦汁側も変える
さらに、酵母だけを工夫する必要もありません。
最初から発酵可能な糖が少ない麦汁を作れば、酵母が生成できるエタノール量も小さくできます。
実際、英国のMash Gangは、自社のアルコール分0.5%のビールについて、低アルコール発酵向けの酵母株と、ボディや厚みを作るために調整した糖化設計を組み合わせていると説明しています。
では、なぜそこまでして発酵を残したいのか
なぜそこまで発酵をさせたいのか。これがアルコール抑制発酵型を理解するうえで重要です。
酵母の仕事は、糖 → アルコールだけではありません。
ビールの発酵中には、酵母によってさまざまな変化が起こります。
- 麦汁由来のアルデヒドが変化する
- エステルなどの香気成分が作られる
- 高級アルコールが生成する
- 酸やpHも変わる
つまり、発酵前の麦汁と、発酵後のビールでは、アルコール濃度以外にも多くの違いがあります。
したがって、アルコール抑制発酵型が目指しているのは、単純に「酵母をできるだけ働かせないこと」ではありません。
むしろ、アルコールを大量に作らせずに、酵母にしてほしい仕事はできるだけしてもらう。という発想があります。
この視点に立つと、なぜ酵母や麦汁、温度まで細かく設計するのかが分かりやすくなります。
アルコールをほとんど作らなくても、酵母は働ける
実際に、エタノール生成を強く抑えながら酵母の別の働きを利用できることは研究でも示されています。
Nikulinらは2022年、約1℃で酵母を麦汁に接触させるコールドコンタクト発酵を調べました。
その中で Torulaspora delbrueckii を使ったビールは、最終的なアルコール分が0.07%にとどまりました。
比較した通常のラガー酵母では0.28%でした。
それでも T. delbrueckii は、2-メチルブタナールや3-メチルブタナール、フェニルアセトアルデヒドなどの麦汁由来アルデヒドを低減しています。
つまり、アルコールがほとんどできない条件でも、酵母による麦汁成分の変化は起こり得る。ということです。
「発酵量が少ない=酵母が何もしていない」ではありません。
ただし、アルコール生成を抑えれば自動的に美味しくなるわけではない
ここまで聞くと、理想的な方法に見えるかもしれません。
アルコール生成だけ抑え、ビールに必要な発酵由来の変化を利用すればいいというほど、実際には、そこまで単純ではありません。
発酵を早く止めれば、通常のビールならその後に消費される糖や、変化するはずだった麦汁由来成分が多く残り得ます。
Rettbergらが2022年に市販のノンアルコールピルスナーを製法別に分析した研究では、発酵途中停止で作られた製品群は、甘い、濃い、麦汁っぽいと評価される傾向がありました。
どの酵母を使うか、どんな麦汁を作るか、どの温度でどこまで発酵させるか。
「ノンアル用の特殊酵母を使えば、美味しいノンアルコールビールになる」というほど単純な技術ではありません。
発酵の利点とアルコール分の制約には、トレードオフがある
もう一つ、アルコール抑制発酵型には0.00%を狙いにくいという制約があります。
この製法は発酵そのものを利用するため、酵母を働かせれば少量でもエタノールが生成します。
最終的なアルコール分を0.00%近くまで抑えようとするほど、酵母が利用できる糖、温度、時間などの発酵条件を厳しく制限する必要があります。
つまり、アルコールを抑えるほど、発酵を味づくりに利用できる自由度も小さくなるということです。
ただし、生物学的な方法だけで0.00%近傍まで下げることが不可能という意味ではありません。コールドコンタクト発酵では、0.07%まで抑えながら酵母の作用を利用した研究例もあります。
ここまで見てくると、低アルコール醸造の難しさが見えてきます。
普通のビールに近い発酵を進めれば、
- 糖をより多く消費できる
- 発酵由来の香味を作りやすい
- 麦汁そのものの状態から変化させやすい
一方で、エタノールも増えます。
逆に、エタノール生成を厳しく制限すれば、酵母に許せる代謝の範囲や発酵条件にも制約がかかります。
麦汁組成や発酵条件と低・ノンアルコール酵母の代謝を調べた研究でも、目標とする低いアルコール分と、発酵によって得たい代謝・香味変化を両立させるため、麦汁と発酵条件を一体で考える必要性が示されています。
本記事では、ここにアルコール抑制発酵型の本質的な難しさがあると捉えます。
- 発酵を進めたい
- けれど、アルコールは増やしたくない
この二つは完全に独立して操作できるわけではありません。
だから重要なのは、「どれだけ発酵を弱くしたか」だけではありません。
限られた発酵の中で、酵母に何をさせるか。
それが商品設計を左右します。
海外で0.5%前後まで発酵させる商品がある理由も、このトレードオフから見えてくる
海外の低・ノンアルコールビールでは、アルコール分0.5%前後を目標に、発酵段階から商品を設計する例があります。
Mash Gangは、自社商品を最初からアルコール分0.5%になるよう醸造し、低アルコール向け酵母と専用の糖化設計を使っていると説明しています。
さらに興味深いのがBRULOです。
BRULOは2026年、それまでの0.0%から0.5%へ商品を変更しました。
メーカーはその理由として、「より豊かな香りとコク」を実現することを挙げています。
※BRULOの事業の変遷については、下記の記事にて解説しています。
この事例は、0.5%の商品一般が0.00%より官能的に優れていることを証明するものではありません。
ただ、アルコール抑制発酵型の中では、最終アルコール分を0.5%未満まで許容できる設計の方が、0.00%近くまで抑える設計より、発酵条件の自由度を取りやすいとは考えられます。
これは0.5%と0.00%を直接比較した研究結果ではなく、発酵の仕組みと市販商品の設計を踏まえた本記事の解釈です。
大事なのは「酵母を止めること」ではない
「制限発酵」と聞くと、普通のビールの発酵を途中で止める製法をイメージしやすいと思います。
実際、それはアルコール抑制発酵型の一つの方法です。
しかし、アルコール抑制発酵型全体を見ると、それだけではありません。
コールドコンタクト発酵がある。主要糖を利用しにくい酵母を使う方法がある。発酵可能糖を抑えた麦汁を作る方法がある。そして、それらを組み合わせることもできます。
共通しているのは、酵母 × 麦汁 × 温度 × 時間をどう設計するかです。
酵母の役割は、アルコールを作ることだけではありません。
そして、アルコールがほとんど生成しない条件でも利用できる酵母の働きがあります。
一方で、普通のビールに近い発酵を進めようとすれば、エタノールも増えます。
だから、アルコール抑制発酵型で重要なのは、単に酵母を止めることではありません。
「発酵をどれだけ抑えたか」ではなく、「限られた発酵の中で、酵母に何をさせるか」。
ここに、この製法群の面白さと難しさがあります。
参考文献・参考資料
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Piornos JA, et al. Alcohol-free and low-alcohol beers: Aroma chemistry and sensory characteristics. Comprehensive Reviews in Food Science and Food Safety. 2023. DOI: 10.1111/1541-4337.13068
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Rettberg N, Lafontaine S, Schubert C, et al. Effect of Production Technique on Pilsner-Style Non-Alcoholic Beer (NAB) Chemistry and Flavor. Beverages. 2022;8(1):4. DOI: 10.3390/beverages8010004
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Nikulin J, Aisala H, Gibson B. Production of non-alcoholic beer via cold contact fermentation with Torulaspora delbrueckii. Journal of the Institute of Brewing. 2022;128:28–35. DOI: 10.1002/jib.681
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Basu M, Elias RJ, Cockburn DW. Influence of Wort Composition and Fermentation Parameters on Metabolic Activity of Non-Saccharomyces Yeast in Non-Alcoholic and Low-Alcohol Brewing. Beverages. 2026;12(3):33. DOI: 10.3390/beverages12030033
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Fermentis. SafBrew LA-01 – Dry yeast for low and non-alcoholic beers. https://fermentis.com/en/product/safbrew-la-01/
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Mash Gang. Beer That's More Than Craft. It's Crafted. https://mashgang.com/
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BRULO. BRULOが日本で販売再開 ― 0.5%の低アルコールビールとしてフルリニューアル. 2026. https://brulo.jp/releases/202603-new-brulo
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Clausthaler. History. https://www.clausthaler.de/en/history/index