ノンアルコールビールの製法を調べていると、脱アルコール製法はとてもシンプルに見えます。
- まず普通のビールを造る
- その後でアルコールだけを取り除く
それなら、味も香りも普通のビールのまま、アルコールだけ0.00%にできそうです。
実際、メーカー側の宣伝文句でも「一度ビールを造ってからアルコールを取り除くことので、まるでビールのようだ」として説明されてきました。
しかし、脱アルコール製法を詳しく見ると、「普通のビールからアルコールだけを抜くだけだから、まるでビールになる」という理解は正確ではありません。
脱アルすると、アルコール以外の香気成分も変わります。
そして何より、アルコールそのものがビールの味、香り、ボディの一部です。
なので、普通のビール − アルコール = 普通のビールの味のままという計算は成立しません。
脱アルコール製法は、完成したビールから不要な成分をひとつ取り除くだけの単純な「引き算」ではないのです。
ノンアルコールビールの製法の全体像については、下記の記事にて詳しく解説しています。
脱アルコール製法とは?
脱アルコール製法とは、発酵によってアルコールを含むビールを造り、その後にアルコール濃度を下げる製法です。
代表的な方法には、真空蒸留や逆浸透膜があります。
真空蒸留
通常より低い圧力にすることで、エタノールが蒸発する温度を下げてアルコールを除きます。
高温で処理するより、熱による香味への影響を抑えやすい方法です。
逆浸透膜
逆浸透膜は、RO(Reverse Osmosis)とも呼ばれる方法です。
圧力をかけて膜を通し、水やエタノールなどを分離しながらアルコール濃度を下げます。
熱への依存が小さいため、香味を保持しやすい方法として利用されています。
仕組みだけ聞けば合理的です。
問題は、実際には「アルコールだけ」が都合よく消えてくれるわけではないことです。
「アルコールだけを抜く」は、技術的には正確ではない
まず真空蒸留です。
エタノールを蒸発させるとき、ビールの香りをつくる揮発性成分まで完全に液体側へ残せるわけではありません。
真空蒸留による脱アルを調べた研究では、脱アルに伴って複数の香気成分が減少しています。[3]
では、熱をあまり使わない逆浸透膜なら、アルコールだけを抜けるのでしょうか。
こちらもそうではありません。
2021年の研究では、約5%のラガーとスタウトを逆浸透膜で約0.5%まで脱アルし、脱アル前後を比較しています。
その結果、高級アルコールやエステルなど、複数の揮発性成分が減少しました。
官能評価でも、
- 果実香やエステル香
- 麦芽らしい風味
- 甘味
- ボディ
などが弱くなっています。[2]
逆浸透膜は脱アル技術として有力ですが、ビールからエタノールだけを選択的に消して、それ以外を完全に保存する技術ではありません。
そもそも、アルコール自体がビールの味をつくっている
さらに重要なのはここです。
仮に、エタノール以外の香味成分をすべて保存できたとしても、元のビールと同じ味にはなりません。
なぜなら、エタノール自身がビールの官能特性をつくっているからです。
2020年の研究では、同じ0%ラガーをベースに、エタノールを含まない0%条件と、エタノールを添加した5%条件を作って比較しています。
つまり、別々の0%ビールと5%ビールを比べたのではなく、エタノールの有無によって何が変わるのかを見た実験です。
その結果、エタノールを含まない条件では、
- 果実感
- 甘味
- ふくよかさやボディ
- アルコールによる温かさ
が弱く知覚されました。
さらに、エタノールの有無によって、口の中で香りが放出される挙動も変化しています。[1]
つまりアルコールは、単に「酔わせる成分」ではありません。
ビールを飲んだときの厚みや甘味の感じ方、香りの出方まで含めて、味覚体験の一部をつくっています。
だから、アルコールを抜けば味が変わります。
これは脱アル技術が悪いからではありません。
ビールの官能特性を構成していた成分のひとつを取り除いている以上、当然起こる変化です。
ベースビールは、脱アル後の味から逆算して設計される
では、脱アルコール製法のノンアルコールビールは、どのように設計されているのでしょうか。通常のビールを、そのまま脱アルコール工程にかけているのでしょうか。
実は、脱アルする前のビール自体、0.0%になった後の味から逆算して設計されています。
2026年、アサヒビールは「アサヒゼロ」のリニューアルで、脱アルコール前に醸造するベースビールを初めて改良したと発表しました。
麦芽比率を高めることで、最終製品の麦由来の香りや味わい、飲みごたえ、後味を改善しています。[8]
最終的にアルコールを取り除いたとき、
- どんな香りが残るか
- どんな味になるか
- どれくらいの飲みごたえになるか
を見据えて、その前段階にあるベースビールから設計する。
脱アルコールビールは、脱アル後だけでなく、脱アル前から0.0%の完成形を逆算して造られ得るのです。
脱アル後には、香りや味を整えることがある
また、脱アルによって香りや味が変わるなら、アルコールを減らした後に、その変化を補う必要が出てきます。
脱アルコール工程を終えた時点で、完成したノンアルコールビールになるとは限りません。
実際、脱アル設備を製造するAlfa Lavalは、脱アル後の香味を調整する技術選択肢として、下記のような工程を示しています。[7]
- 麦汁
- 脱アル前のベースビール
- ホップ
- 市販の香味素材
- ドライホッピング
つまり、実際の脱アルコールビールは、脱アルによって変わった香りや味を見ながら、0.0%の飲料としてバランスを整える工程が、その後に続くことがあります。
脱アルコール製法は、「引き算」より「再設計」に近い
ここまで見ると、ビールを造って、アルコールを抜く製法という一般的な説明自体は間違っていません。
しかし、それだけでは実態をかなり省略しています。
私は、脱アルコール製法を次のように捉えたほうが正確だと考えています。
発酵したビールを出発点としてアルコール濃度を下げ、その過程で生じる香り、味、ボディの変化を見越しながら、0.0%の完成形を設計する製法。
その設計には、ベースビール、脱アル条件、必要に応じた脱アル後の香味調整まで含まれます。
単純な引き算ではなく、脱アルによって変わるバランスを前提にした再設計に近いのです。
「脱アルだから一番おいしい」とも言えない
では、一度発酵したビールを出発点にできる脱アル製法は、他の製法より必ずビールらしく、必ずおいしいのでしょうか?
研究を見る限り、そうとは言えません。
2022年に市販のピルスナー系ノンアルコールビールを比較した研究では、製法によって異なる官能的な傾向が見られました。
脱アルコール製法の製品群では、味や香りの強度が弱く、比較的酸味があり、薄く、甘味も弱い傾向がありました。
一方、アルコール抑制発酵製法を採用した製品では、麦汁のような風味、甘味、厚みが目立つ傾向が見られました。
また、麦芽糖をほとんど発酵できない特殊な酵母を使った製品や、複数の技術を組み合わせた製品では、「調和がとれている」「複雑で多面的」と評価される傾向がありました。[4]
※ただし、これは同一の麦汁を製法だけ変えた統制試験ではなく、市販製品の比較です。したがって、これらの違いを製法だけの効果とは断定できません。
製法ごとに異なる長所と弱点があります。
製法名だけで、完成したノンアルコールビールの総合的なおいしさを決めることはできません。
脱アルコール製法の強みは、十分に発酵させたビールを出発点にできること
ここまで読むと、脱アルコール製法の弱点ばかりに見えるかもしれません。
しかし、脱アルコール製法には明確な強みがあります。
その一つが、発酵段階でアルコール生成を強く抑える必要がなく、発酵由来の香味成分を形成したビールを出発点にできることです。
ビールの発酵では、エタノール以外にもさまざまな香味成分が形成されます。
脱アルコール製法では、まず発酵させ、その後にアルコール濃度を下げることができます。
これは脱アル製法の明確な利点です。
一方、その後には脱アル工程があります。
そこで、
- 何を残せるか
- 何が変化するか
- 必要なら何を補うか
- その変化を見越してベースビールをどう設計するか
が技術課題になります。
逆浸透膜を含む脱アル技術は、優れたノンアルコールビールを造り得る有力な選択肢です。
その品質は、単に「脱アル製法を採用した」という一点ではなく、脱アル前から完成品までをどう設計したかに左右されます。
「本物のビールからアルコールだけ抜くからおいしい」ではない
脱アルコール製法は、優れたノンアルコールビールを造り得る有力な方法です。
しかし、「普通のビールを造って、アルコールだけを抜く。だから普通のビールのおいしさがそのまま残る」という説明は、製法の実態を単純化しすぎています。
脱アル工程では、エタノール以外の香気成分も変化します。
そしてエタノール自体も、ビールの味、香り、ボディを構成する一部です。
だから実際の脱アルコールビールでは、脱アル後に0.0%の完成品としてどうなるかを見据え、ベースビール、脱アル条件、必要な香味調整まで設計することになります。
脱アルだから一番おいしいのではありません。
おいしさを決めるのは、「本物のビールからアルコールを抜いたかどうか」だけではなく、その製法でどんな味わいを作ったか、最終的な0.0%をどう設計したかです。
参考文献
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Ramsey I, Dinu V, Linforth R, et al. Understanding the lost functionality of ethanol in non-alcoholic beer using sensory evaluation, aroma release and molecular hydrodynamics. Scientific Reports. 2020;10:20855. doi:10.1038/s41598-020-77697-5
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Ramsey I, Yang Q, Fisk I, Ayed C, Ford R. Assessing the sensory and physicochemical impact of reverse osmosis membrane technology to dealcoholize two different beer styles. Food Chemistry: X. 2021;10:100121. doi:10.1016/j.fochx.2021.100121
-
Andrés-Iglesias C, García-Serna J, Montero O, Blanco CA. Simulation and flavor compound analysis of dealcoholized beer via one-step vacuum distillation. Food Research International. 2015;76:751–760. doi:10.1016/j.foodres.2015.07.017
-
Rettberg N, Lafontaine S, Schubert C, et al. Effect of Production Technique on Pilsner-Style Non-Alcoholic Beer (NAB) Chemistry and Flavor. Beverages. 2022;8(1):4. doi:10.3390/beverages8010004
-
Kienitz S, Kollmannsberger H, Schreff A, et al. Impact of different production methods on selected aroma compounds for non-alcoholic beers by developing an HS-SPME GC–MS method. Food Chemistry. 2026;504:147924. doi:10.1016/j.foodchem.2026.147924
-
Piornos JA, Koussissi E, Balagiannis DP, Brouwer E, Parker JK. Alcohol-free and low-alcohol beers: Aroma chemistry and sensory characteristics. Comprehensive Reviews in Food Science and Food Safety. 2023;22:233–259. doi:10.1111/1541-4337.13068
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Alfa Laval. Beer Dealcoholization FAQs. 2019.
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アサヒビール株式会社. 『アサヒゼロ』累計販売本数2億本突破 中味とパッケージ 本格リニューアル. 2026年8月20日.