ノンアルコールのクラフトビールは、なぜ高い?酒税がないのに高価になる理由
大手メーカーのノンアルコールビールなら、比較的手頃な価格で買えます。
ところが、クラフト系のノンアルコールビールまで探してみると、1本600円を超える商品も珍しくありません。
普通のクラフトビールとあまり変わらない。
商品によっては、それ以上に高いこともあります。
少し不思議です。
アルコールが入っていない。日本では酒税もかからない。それなら、むしろ安くなりそうなものです。
なぜ、ノンアルコールのクラフトビールは高いのでしょうか。
調べてみると、「アルコールを抜くのにお金がかかるから」という一言では説明できませんでした。
大きく分けると、
- クラフトビールであること。
- ノンアルコールであること。
- そして、そもそも飲料であること。
この3つの難しさが重なっています。
まず、クラフトビールそのものが安く作りにくい
ノンアルコール以前に、クラフトビールは大手の量産ビールと同じコスト構造ではありません。
生産量が小さければ、麦芽やホップ、缶、ラベル、段ボールなどを大量に調達するメリットも小さくなります。
ホップを多く使うIPAのようなスタイルなら、原材料費も上がります。
少量多品種で造れば、商品を切り替えるたびに設備の洗浄や準備も必要です。
商品を開発するための試作も、少ない販売本数で回収しなければなりません。
海外のノンアルコール・クラフトビールメーカーHeaps Normalも、自社商品が高価になる理由として、高品質な原料に加え、小規模な独立企業であるため大手ブルワリーのような「規模の経済」をサプライチェーン全体で得られないことを挙げています。
つまり、「小さな規模で、個性のあるビールを造る」こと自体が、量産品より高コストになりやすい。
ノンアルコールのクラフトビールは、まずこの条件を背負っています。
そして、ここからさらに「ノンアルコールであること」の難しさが加わります。
「アルコールを入れない」だけでは、ビールにならない
ビールのアルコールは、後から注ぎ足しているわけではありません。
麦汁に含まれる糖を酵母が発酵させることでアルコールや二酸化炭素が生まれ、その過程でビールらしいさまざまな香味も形成されます。
そのため、アルコールはほとんど作らない。でも、ビールらしい香りや味は欲しい。
この両立が難しいのです。
ノンアルコールビールには、大きく分ければ、
- そもそも発酵させない
- アルコールが増えすぎないように発酵を制御する
- 一度発酵させてからアルコールを取り除く
といった作り方があります。
製法については、詳しくは、下記の記事にて、紹介しています。
▶ノンアルコールビールはどう作る?「発酵しない・アルコールを抑えて発酵・あとから抜く」3つの製法
どの方法にも長所と短所があります。
発酵をしない、あるいは制限すれば、通常のビールとは異なる香味設計が必要になります。
反対に、一度ビールを造ってからアルコールを除けば、発酵由来の香味を利用できますが、アルコールだけをきれいに取り除くための工程が必要になります。
「ノンアルコールにする方法」は一つではありません。
しかし方法が違っても、アルコールを抑えながら、美味しいビールらしさを作るという技術課題そのものは残ります。
脱アルコールを選べば、設備投資が「億単位」になることもある
その難しさが最も分かりやすく表れるのが、一度ビールを醸造してからアルコールを取り除く「脱アルコール製法」です。
工業規模で行う場合には、蒸留や膜分離などの専用設備が使われます。
そして、大規模な設備は非常に高額です。
アサヒビールは2021年、吹田工場に脱アルコール製法の蒸留設備を新設するため、約5億円を投資しました。
ビールを醸造した後、低温蒸留によってアルコールをできるだけ除去する設備です。
設備の新設によって、同社は脱アルコール商品の製造能力を従来の2倍にすると発表しました。
キリンビールも2025年、「キリン本格醸造ノンアルコール ラガーゼロ」のためにドイツの技術メーカーから脱アルコール設備を導入しています。
投資額自体は公表していませんが、キリンはこれを「ノンアルコール商品史上最大の設備投資」と説明しています。開発には4年を要しました。
「普通のビールを造って、あとからアルコールだけ抜けばいい」というほど簡単な工程ではないことは分かります。
大手メーカーなら、大規模な設備へ投資し、その固定費を大量の商品へ分散できます。
小さなクラフトブルワリーには、大規模な投資回収は難しい。
だから、外部の設備を利用したり、脱アルコール以外の製法を選んだりすることになります。
すると、今度は、アルコールをほとんど作らずに、甘さや麦汁っぽさを抑え、香りや飲みごたえを作るという別の技術課題が出てきます。
しかも、アルコールを減らすと「安全設計」も変わる
ノンアルコールビールの難しさは、味だけではありません。
もう一つ重要なのが、微生物です。
一般的なビールは、微生物にとって増殖しやすい環境ではありません。
アルコール、低いpH、ホップ由来の成分など、複数の要因が微生物の増殖を抑える方向に働いています。
食品安全では、こうした複数の障壁を組み合わせて微生物を制御する考え方を「ハードル」と呼びます。
ところがノンアルコールビールでは、エタノールというハードルが大幅に弱くなります。
Brewers Associationも、エタノールが細菌の増殖を抑える重要な要因であり、アルコールフリーのビールでは従来のビールとは異なる微生物管理が必要になると説明しています。
実際、2023年に『Journal of Food Protection』に掲載された研究では、低アルコール・ノンアルコールのクラフトビールを使った試験で、条件によって大腸菌O157:H7やサルモネラが長期間生存し、14℃では増殖も観察されました。一方、4℃では増殖しませんでした。
アルコールをなくしたら、それでそのままビールと同じような商品が完成するわけではないということです。
製品によっては、pH、殺菌、ろ過、衛生的な充填、微生物検査、保存条件などを組み合わせて品質と安全性を確保する必要があります。
アルコールを減らすことで、別の技術設計や検証が重要になる。
これもノンアルコールビールを商品として成立させる難しさの一つです。
※当然ながら、「ノンアルコールビールは危険だ」という話ではありません。市販の商品は、それぞれの製品特性を前提に、安全性や保存性を設計して製造されます。
やっと完成しても、今度は「運ぶ」のにお金がかかる
美味しく、安全で、保存できる商品が完成した。
これで終わりではありません。
今度は、それを消費者まで届ける必要があります。
そして飲料には、非常に単純な弱点があります。
重い。
350mlの商品を24本まとめれば、中身だけで8.4kgです。
アルコールを0.00%にしても、荷物は軽くなりません。
そこに缶や瓶、段ボールなどの梱包や包装も加わります。
その後にも物流工程が入ります。
- 工場から倉庫へ運ぶ
- 倉庫で保管する
- 卸や小売店へ運ぶ。
- ECなら、注文ごとに商品を取り出し、梱包し、一件ずつ家庭へ配送する
これはノンアルコール特有の問題ではありません。
飲料業界そのものが抱える難しさです。
その証拠に、日本の大手ビールメーカーですら物流の効率化に取り組んでいます。
アサヒビールとキリンビールは、ビール類だけでなくノンアルコール・ビールテイスト飲料や清涼飲料水も対象に共同配送センターを設け、鉄道コンテナを使った共同輸送を行ってきました。
2025年にはキリン、アサヒ、サッポロ、サントリーの物流会社が、自動運転トラックを使った酒類・飲料の幹線輸送実証にも参加しています。
つまり、大企業にとってさえ、飲料を効率よく運ぶことは重要な経営課題なのです。
まして、小規模なブランドが少ない出荷量で全国へ商品を届ければ、1本あたりの物流負担は大きくなりやすい。
世界最大級のノンアルコール・クラフトビール企業であるAthletic Brewingも、自社の価格について説明する中で、ノンアルコールビールを宅配便で発送するのは非常に高コストで、発送すると赤字になる注文も少なくないと明かしています。
中身を作るところだけを見ていては、飲料の価格は理解できません。
作る。保管する。運ぶ。店や家庭まで届ける。
そのすべてにコストがかかります。
そして、すべての問題に「規模」が効いてくる
ここまで、
- 原材料
- 製造
- 研究開発
- 食品安全
- 容器
- 物流
と見てきました。
これらの負担をさらに大きくする要因があります。
生産・販売規模です。
大手メーカーなら、設備投資を膨大な販売本数へ分散できます。
原料や缶、段ボールも大量に調達できます。
既存の工場、物流センター、卸との取引、営業網も利用できます。
経済用語で言う「規模の経済」というものです。規模が大きくなればなるほど、コストが占める比率を圧縮できる。
反対に、小さなブランドでは、それぞれの固定費や間接費を少ない販売本数で負担することになります。
つまりノンアルコールのクラフトビールには、
- クラフトだから小規模になりやすい
- ノンアルだから技術的な難しさが加わる
- 飲料だから物流負担が大きい
- そして小規模だから、そのすべてで規模の経済を効かせにくい
という構造があります。
「クラフト」「ノンアル」「飲料」という3つの条件は、それぞれ独立しているのではなく、互いにコストを増幅させやすいのです。
それでも、酒税がないなら安くなるはずでは?
ここまで読むと、「それならノンアルコールのクラフトビールが高いのも当然だ」と思うかもしれません。
ただし、そこまで言い切るのも正確ではありません。
ノンアルコールであることで、価格を下げる要因も確かにあります。
代表的な要因が酒税です。
日本の酒税法では、酒類は原則として「アルコール分1度以上の飲料」と定義されています。
したがって、0.00%の商品はもちろん、アルコール分1度未満の飲料は通常、酒税法上の酒類には当たりません。
普通のビールと違い、酒税が価格に乗らない。
これは明確に価格を下げる方向へ働きます。
だから、「ノンアルコールのクラフトビールが高いのは、全部コストが高いからだ」と説明するのも適切ではありません。
そもそも商品の販売価格は、製造原価だけで決まるものではありません。
企業が事業を継続し、新しい商品を開発し、人を雇い、販売していくための利益も必要です。最終的にどの価格で商品を売るかは、それぞれの企業が決めます。
この記事で言えるのは、「アルコールが入っていないのだから、普通のビールより簡単で安く作れるはず」という理解も、実態とはかなり違うということです。
私も、ノンアルコールビールで創業をしようと考える前までは、「酒税がないのになんで高価なんだろう?」と、とても疑問だったのですが、調べ始めてから、大きな気づきになりました。
ノンアルコールのクラフトビールが高い理由は、一つではない
ノンアルコールのクラフトビールが高い理由を調べてみると、「アルコールを抜くのにお金がかかる」という単純な話ではありませんでした。
- そもそもクラフトビールは、小さな規模で多様な商品を作るため、大量生産品ほど規模の経済を効かせにくい
- アルコールを抑えながらビールらしい味を作る技術的な難しさが加わわる
- 脱アルコールという方法を選べば、大規模な専用設備が必要になることもある
- アルコールが少ないことで、微生物を含めた食品としての安全性や保存安定性にも、それに応じた設計が必要になる
- 完成した商品は、重い液体として保管され、全国へ運ばれる
市場やメーカーの規模が小さければ、このすべてで1本あたりの負担は大きくなりやすいのです。
一方で、酒税がかからないという価格を下げる要因もあります。
だから、「ノンアルなら高くて当然」でもなければ、「アルコールがないから安く作れる」でもない。
ノンアルコールのクラフトビールが高価になりやすいのは、
「クラフト」「ノンアルコール」「飲料」という、それぞれ難しさを持つ条件が重なっているから。
価格だけを見るとなかなか分からない、その一本ができて消費者の手元へ届くまでの構造を見ていくと、理由が少し見えてきます。
主要参考資料
-
アサヒビール「約5億円を設備投資し、アサヒビール吹田工場に脱アルコール製法の蒸留設備を新設」(2021年6月23日)
-
キリンビール「キリンビール初の脱アルコール製法でつくった本格醸造ノンアルコール『キリン本格醸造ノンアルコール ラガーゼロ』発売」(2025年9月19日)
-
Journal of Food Protection, “Survival of Foodborne Pathogens in Low and Nonalcoholic Craft Beer” (2023)
-
Brewers Association, “Non-Alcohol Beer on Draught – Is It Safe?” (2024)
-
Brewers Association, “Food Safety Controls” / “Non-Alcohol Beer: A Review and Key Considerations”
-
Athletic Brewing, “How Do You Determine Pricing?”
-
アサヒビール・キリンビールほか「金沢に共同配送センターを開設、鉄道コンテナ路線を共同利用」(2016年)
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キリンホールディングス「自動運転トラックによる酒類・飲料の幹線輸送実証に参画」(2025年)
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国税庁「酒類の定義」
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Heaps Normal “FAQs – Why is your beer so expensive?”