アメリカに、ほとんどノンアルコールビールだけを造っているのに、全米の醸造会社ランキングで15位まで上り詰めた会社があります。
Athletic Brewing Company(アスレチック・ブリューイング・カンパニー)。
https://athleticbrewing.com/
2017年創業。商業販売を始めたのは2018年です。
2025年の販売量は48万バレル。アメリカのビール用バレルを日本人になじみのある単位へ直すと、約5,630万L。350ml缶なら約1億6,100万本に相当します。
しかも前年比20%増でした。
Brewers Associationが発表した2025年の全米醸造会社ランキングを見ると、
- 1位 Anheuser-Busch InBev
2位 Molson Coors
3位 Constellation Brands
4位 Heineken USA
と巨大企業が並びます。
その下を追っていくと、
- 13位 Sapporo-Stone Brewing
14位 Duvel Moortgat USA
15位 Athletic Brewing Company
です。
ノンアルコールビール会社だけを集めたランキングではありません。
普通のビールを造る会社も全部含めて、全米15位。
日本ではまだ、それほど名前を知られていない会社です。
いったい、何者なのでしょうか。
※Athletic Brewingの商品は米国で「Non-Alcoholic Beer」として販売されていますが、主力商品はアルコール度数0.5%未満です。日本で一般的な0.00%のノンアルコールビールとは、この点が異なります。
※日本円は、2026年8月30日時点の1ドル=約160円として概算しています。
始まりは「酒を飲まなくなったビール好き」だった
共同創業者の一人、Bill Shufelt(ビル・シュフェルト)は、もともと金融業界で働いていました。
仕事では会食が多い。
一方で、ランニングやウルトラマラソンにも熱中していました。
そこで生活からアルコールを抜いてみたところ、調子がいい。
それなら酒を飲まなければいい。
話は簡単そうですが、ひとつ問題がありました。
シュフェルトは、ビールそのものは好きだったのです。
ところが当時のノンアルコールビールは、彼にとって魅力的ではありませんでした。
味が薄い。水っぽい。金属っぽい。
さらに、ノンアルコールビールそのものに「格好悪い飲み物」というイメージまであったと、Athleticは創業当時を振り返っています。
酒を嫌いになったわけではない。
ビールを嫌いになったわけでもない。
アルコールはいらない。でも、美味しいビールは飲みたい。
Athletic Brewingは、そんな不満から始まりました。
なぜ、ノンアルコールビールが美味しくするのが難しいのは、下記の記事にて開設しています。
▶ノンアルコールビールはなぜまずい?「物足りない・甘い・ベタつく・金属っぽい」を研究から分解する
200人近い醸造家に声をかけ、ほぼ全員に断られた
問題は、シュフェルト自身が醸造家ではなかったことです。
そこで、一緒にノンアルコールのクラフトビールを作ってくれる人を探しました。
声をかけた醸造家は、全米で約200人。ほとんど相手にされませんでした。
その中で話に乗ったのが、ニューメキシコ州でクラフトビールを造っていた醸造家、John Walker(ジョン・ウォーカー)でした。
ウォーカーは家族とともにコネチカット州へ移住。
金融マンのシュフェルトと、醸造家のウォーカー。
Athletic Brewingの共同創業チームができました。
100回以上試作した
二人は、ホームブリュー用の小さな設備で試作を始めます。
数か月で繰り返した試作は、約100回。
普通のビールと同じように麦芽、ホップ、水、酵母を使いながら、アルコール度数を0.5%未満に抑え、それでもクラフトビールとして満足できる味を目指しました。
現在も製法の詳細は企業秘密です。
ただしAthleticは、通常のビールを造って最後にアルコールだけを抜く単純な製法ではなく、醸造工程そのものを大きく組み直した独自プロセスを使っていると説明しています。
※アストローカでは、ノンアルコールビールの製法について、下記の記事にて解説しています。
▶ノンアルコールビールはどう作る?「発酵しない・アルコールを抑えて発酵・あとから抜く」3つの製法
ようやく納得できるビールができた。
しかし、まだ売れません。
次の問題は、「誰がこれを造るのか」でした。
誰も造ってくれない。なら、工場を建てよう
当初、二人は既存のブルワリーに製造を委託するつもりでした。
ところが、これもほとんど断られます。
そこでAthleticは、とんでもない決断をします。
自分たちでノンアルコールビール専用のブルワリーを建てる。
必要になった資金は約300万ドル。現在の為替で約4.8億円です。
- まだ商品はほとんど売れていない
- 全国的な知名度もない
- アメリカに巨大なノンアルコールクラフトビール市場が存在していたわけでもない
それでも、工場から作りました。
シュフェルト自身、後にこれを「If you build it, they will come」という、大きな賭けだったと振り返っています。
そして面白いのは、最初から工場がかなり大きかったことです。
最初の工場から、年間約168万缶を造れた
2018年にコネチカット州Stratfordで稼働した最初のブルワリーは、年間5,000バレルを製造できました。リットルなら約58.7万L。350ml缶なら、年間約168万本です。
創業したばかりの会社の最初の工場です。
しかもシュフェルトたちは、「この工場なら、5年くらいの成長を吸収できるだろう」と考えていました。
実際はどうだったか。
10か月で足りなくなりました。そこで能力を約2倍に増強。
それでも、今度は約3か月で再び手狭になったとシュフェルトは振り返っています。
ここから、Athletic Brewingの少し奇妙な会社史が始まります。
- 工場を用意する
- 売れる
- 足りなくなる
- また大きくする
- それでも足りなくなる
この繰り返しです。
2018年。ようやく発売したが、誰もAthleticを知らない
2018年、Athletic Brewingは商業販売を始めます。
代表商品となるRun Wild IPAや、軽快なGolden Aleなどを投入しました。
当時は、もちろん誰も知りません。
しかも商品はノンアルコールビールです。
当時のアメリカにはまだ、「ノンアルって、本当に美味しいの?」という強い先入観がありました。
そこでシュフェルトは、自分で商品を持って外へ出ました。
創業者は、ひと夏で65ものスポーツイベントを回った
発売した最初の夏。
シュフェルトはニューイングランド各地のスポーツイベントへ出向きました。
その数、約65。
朝3時に起きて車を走らせ、マラソンやトライアスロンなどの会場へ行く。
ゴールした人たちにAthletic Brewingを渡す。
しかも、半分以上のレースには自分自身も参加しました。
同じレースを走り、汗と泥にまみれた状態で、ゴールした参加者とビールを飲む。
現在では企業価値が10億ドルに迫るほどの会社ですが、最初の夏は、創業者本人がそんなことをやっていました。
そして、実際に飲んでもらうと反応が変わった。
ノンアルというだけで敬遠していた人が、一口飲むと、「これなら運動後に飲める」「平日でも飲める」と、自分の生活の中で使える場面を考え始めたとシュフェルトは振り返っています。
Athletic Brewingの名前は、少しずつ広がっていきました。
「酒をやめるための飲み物」ではなかった
Athletic Brewingの思想で面白いのは、アルコールそのものを敵にしていないことです。
「酒は悪い。だから飲むのをやめよう」というブランドではありません。
実際、シュフェルトはアルコール入りビールにも居場所があると話しています。
Athleticが狙ったのは、それとは違う時間でした。
- 昼食
- 運動後
- 平日の夜
- 翌朝早く起きたい日
- パーティーの途中
- まだ車を運転する日
Athleticは現在、その考え方を「Fit for All Times」と表現しています。
つまり、ビールからアルコールを引いただけではない。
それまでビールを飲めなかった時間にも、ビールを持ち込んだ。
そんな会社でした。
工場を作っても、また足りなくなる
最初のStratford工場では需要に追いつかなくなり、Athleticは西海岸へ進出します。
San Diegoで取得した工場は、年間15万バレルを製造できる規模でした。約1,760万L。350ml缶なら、年間約5,030万本。
最初の工場の、およそ30倍です。
2022年にはコネチカット州Milfordにも大型工場を開設。
その後も設備投資を続け、2024年ごろには全社で年間約60万バレルの製造能力を持つようになりました。約7,040万L。350ml缶なら約2億本です。
それでもAthleticは、また工場を買いました。
2024年、San DiegoにあるBallast Pointの旧本社ブルワリーを取得。
改修を経て、現在の全社製造能力は年間120万バレル超。約1億4,100万L。350ml缶なら、年間4億本以上です。
2018年の最初の工場は、年間約168万本。
現在は、年間4億本以上。
設備能力だけを比べれば、約240倍になりました。
売上は年間200億円を超えた
売上も急拡大しました。
2024年のAthletic Brewingの売上高は、1億3,000万ドル超。
1ドル=160円で換算すると、約208億円です。
これまでに調達した資金は約2億2,400万ドル。約358億円。
2024年の資金調達時には、企業価値が約8億ドルと報じられました。
約1,280億円です。
もはや、小さなクラフトブルワリーという規模ではありません。
Dr Pepperの会社まで80億円を投資した
2022年には、Dr Pepperなどを展開する巨大飲料会社Keurig Dr PepperもAthletic Brewingへ出資しました。
投資額は5,000万ドル。約80億円です。
さらに2024年には、世界的な成長投資会社General Atlanticが同じく5,000万ドルを投資しました。
「面白いノンアルコールビールのスタートアップ」だった会社に、巨大資本が本格的に入ってきたわけです。
Whole Foodsでは「ノンアル1位」ではなく「ビール1位」
Athletic Brewingの成長を象徴する、かなり分かりやすい数字があります。
アメリカのスーパー、Whole Foods Market。
Athleticはここで、ノンアルコールビール部門の売上1位になった。……だけではありません。
アルコール入りまで含めた、ビール全体で売上1位になりました。
2023年1月には、ビールだけでなく、Whole Foodsで販売される成人向け飲料全体でも月間1位になったと報じられています。
「ノンアルだから仕方なく選ぶビール」という立場からは、ずいぶん遠いところまで来ました。
そして、全米15位になった
2025年。
Athletic Brewingの年間販売量は、48万バレル。約5,630万L。350ml缶なら、約1億6,100万本です。
前年比20%増。
そして全米の醸造会社ランキングで、15位。
2018年には、年間168万本を造れる工場を、「これなら5年くらい使えるだろう」と考えていた会社です。
その工場は10か月で足りなくなりました。
それから7年。
今度は年間1億6,000万本を超えるビールを販売し、年間4億本以上を製造できる設備を持つ会社になっています。
「ノンアルのスタートアップ」と呼ぶには、もう大きすぎる
Athletic Brewingには現在、IPA、Hazy IPA、Golden、Light、季節限定品など、さまざまな商品があります。
中でもRun Wild IPAやFree Wave Hazy IPAは、クラフトビールらしくホップを前面に出した商品です。
2024年には約40万バレルを生産していました。約4,690万L。350ml缶なら、約1億3,400万本。
現在持っている年間120万バレル超の設備能力は、その約3倍です。
日本から見ると、「ノンアルコールビールのスタートアップ」と紹介したくなります。
しかし現在の規模を見ると、その呼び方では小さすぎるかもしれません。
Athletic Brewingは、すでにアメリカ有数のビール会社です。
すべては「アルコールはいらない。でも、美味しいビールは飲みたい」から始まった
Athletic Brewingは、最初から全米15位のビール会社を作ろうとして始まったわけではありません。
- 一人のビール好きが、「アルコールはいらない。でも、美味しいビールは飲みたい」と思った
- 約200人の醸造家に声をかけた
- ほとんど断られた
- ようやく出会った醸造家と、100回ほど試作した
- 造ってくれる会社も見つからなかった
- だから、自分たちで工場を建てた
- その工場なら5年戦えると思った
- 10か月で足りなくなった
- そこから工場を増やし続け、創業からまだ10年も経たないうちに、全米15位まで来た
日本では、まだAthletic Brewingの名前を知らない人の方が多いでしょう。
しかし世界のノンアルコールビールを調べていると、この会社を避けて通ることはできません。
ノンアルコールビールだけでも、ここまで巨大なビール会社を作れる。
Athletic Brewingは、その事実をすでに証明してしまった会社です。