「ノンアルコールビールを飲んでいたら、なんとなく酔った気がした」
そんな経験はないでしょうか。
でも、缶を見るとアルコール0.00%。
本当に酔っているのでしょうか。それとも、ただの気のせいなのでしょうか。
結論から言うと、アルコール0.00%のノンアルコールビールを飲んで、エタノールの作用によって酔っているわけではありません。運転などには影響はありません。
一方で、「酔ったように感じた」「少し気分がほどけた」という体験まで、単なる勘違いとして切り捨てる必要もなさそうです。
実際、アルコールが入っていなくても、主観的な「酔った感じ」が生じることは研究されています。
日本では、ノンアルコール飲料を飲んだ後に「うれしさ」が高まり、「嫌悪感」が和らぎ、自律神経活動もリラックス時にみられる方向へ変化した実験もあります。
では、0.00%なのに私たちは何を感じているのでしょうか。
0.00%なら、アルコールで酔っているわけではない
まず、「酔う」という言葉を整理しておきましょう。
普通のビールを飲むと、エタノールが体内に入り、血中アルコール濃度が上昇します。そして脳や神経系に作用することで、判断力や運動機能などにも影響が生じます。
これが、アルコールによる生理的な酩酊です。
一方、この記事で扱うのはアルコール分0.00%のノンアルコールビールです。
海外のノンアルコールビールや日本の微アルコール飲料には0.5%など少量のアルコールを含む商品もありますが、それは別の話です。
0.00%の飲料を飲んだときに感じる「なんとなく酔った感じ」を、普通のビールと同じエタノールの薬理作用で説明することはできません。
では、なぜそんな感覚が生まれるのでしょうか。
微アルコールについては、こちらの記事にて解説しています。
「ノンアルなのに酔った気がする」は、日本でも研究されている
この疑問は、意外にもそのまま学術研究のテーマになっています。
2013年、東北大学の研究者らが発表した研究のタイトルは、「ノンアルコール飲料による酩酊感の心理学的検討」です。
翌年には国際応用心理学会でも、「ノンアルコールビールを飲んだ後のtipsy feeling(ほろ酔い感)」を扱った研究として発表されています。
つまり、「0.00%なのに酔った気がした」という体験は、「そんなことを感じる人がおかしい」で終わるようなものではなく、心理学の研究対象になっています。
ただし、この研究の本文は今回公開情報から確認できていないため、ASTROCA Journalでは具体的な実験結果までは引用しません。
研究が存在することと、研究が何を証明したかは別です。
では、もう少し詳しく内容を確認できる研究を見てみましょう。
アルコールがなくても、「酔った感じ」は生じうる
アルコール研究では、「実際にアルコールを飲んだか」と、「アルコールを飲んだと思っているか」を分けるため、アルコールが入っていない飲料を「アルコール入り」と伝えて飲んでもらうプラセボ実験が行われてきました。
2018年に発表された研究では、240人が実際にはアルコールを含まないプラセボ飲料を飲みました。
参加者の99%以上が自分はアルコールを飲んだと回答し、飲む前と比べて主観的な酩酊感と刺激感が有意に上昇しました。
ただし、本当にアルコールを飲んだ人ほど強く酔ったわけではありません。
この研究では、プラセボ群の飲用後の主観的酩酊感は平均14.9だったのに対し、アルコール群では38.5でした。
さらに、1990〜2007年の44研究をまとめたメタ分析でも、本物のアルコール群とプラセボ群では、主観的な酩酊感に全体として大きな差が確認されています。
つまり、アルコールがなくても「酔った感じ」は生じうる。
しかし、アルコールで本当に酔うことと、同じではない。
ここは分けて考える必要があります。
「プラセボ=ただの思い込み」と考えると、少し雑になる
「アルコールが入っていないのに酔った気がする」と聞くと、「それはプラセボ。気のせいです」と説明したくなります。
間違いとは言い切れませんが、それだけでは少し雑です。
2023年には、健康な若年成人22人にアルコールが入っていると思わせたプラセボ飲料を飲んでもらい、飲む前後の脳活動をfMRIで調べた研究が発表されています。
飲用後には、報酬系に関わる側坐核と他の脳領域との機能的結合に変化が見られました。
さらに、その変化と本人が申告した「酔っている感じ」に関連がありました。
つまり、「酔ったと思い込んでいるだけだから、脳では何も起きていない」というわけでもありません。
私たちが「アルコールを飲んだ」と期待すること自体が、主観的な体験や脳活動に関係する可能性があります。
もっとも、ここにも重要な限界があります。
これらのプラセボ研究では、参加者に「アルコールが入っている」と思わせています。
一方、スーパーで0.00%のノンアルコールビールを買った人は普通、「これはノンアルだ」と知って飲んでいます。
したがって、「アルコールのプラセボ実験で酔った人がいた」という事実だけから、「0.00%のノンアルで酔った気がする理由も、すべて同じプラセボ効果だ」と結論づけることはできません。
ここで、日本のノンアルコール飲料そのものを使った研究が面白くなります。
ノンアル飲料で「うれしさ」が増え、「嫌悪感」が和らいだ
龍谷大学の山崎英恵教授が2020年にまとめた研究では、健康な成人女性22人を対象に、ノンアルコール飲料を飲んだ前後の気分と自律神経活動を調べています。
比較されたのは、水、ノンアルコールのジントニック風味飲料、ノンアルコールのシャルドネワイン風味飲料、ノンアルコールビール、そして何も飲まない条件です。
まず15分間の内田クレペリンテストでストレスを負荷した後、150mLの飲料を飲んでもらいました。
その後、本人が感じる気分と、心拍変動から評価した自律神経活動を測定しています。
この実験で特にはっきりした変化が見られたのが、シャルドネワイン風味のノンアルコール飲料でした。
何も飲まなかった場合と比べて、「うれしさ」が高まり、「嫌悪感」が和らぎ、全体として気分がポジティブな方向へ変化しました。
さらに、自律神経活動のバランスも副交感神経優位の方向へ変化しました。
研究者は、飲料を飲むことで気分がポジティブになり、自律神経活動もリラックス時にみられる方向へ変化した結果として説明しています。
ここで重要なのは、この研究を「ノンアルコールビールにはリラックス効果がある」と読み替えないことです。
ノンアルコールビールを含む他の飲料にも同じ方向の変化は示唆されましたが、特に顕著な影響が観察されたのはシャルドネワイン風味飲料でした。
では、なぜシャルドネだったのでしょうか。
面白いのは、一番変化した飲み物が「一番好まれていた」こと
研究者が注目したのが、飲み物への嗜好性でした。
シャルドネワイン風味飲料は、参加者から高い嗜好性を示された飲料でもありました。
さらに関連する実験では、ワインを好む女性ではワイン風味飲料を飲んだ後に、副交感神経活動の亢進とポジティブな気分への変化が観察されました。
ところが、ジンやビールを好む男性では同じ効果が見られませんでした。
研究者は、使用された香料などの成分そのものの作用だけでなく、その飲み物を本人がどれくらい好んでいるかが、気分や自律神経活動に関係している可能性を指摘しています。
これは「ノンアルなのに酔う」という疑問を考えるうえで、かなり興味深い結果です。
なぜなら、アルコールが入っていない飲み物で気分が変わったとしても、「脳がお酒と勘違いしたから」だけで説明する必要はないからです。
- 好きなコーヒーを飲んでホッとする。
- 好きな料理の香りを嗅いで気分が上がる。
- 自分の好きなビールらしい香りを感じて、「今日も終わった」と力が抜ける。
こうした変化まで、すべて「気のせい」と呼ぶのは少し不自然です。
ビールの味や香り、グラス、乾杯も「飲酒体験」の一部
もちろん、過去の飲酒経験も無関係とは考えにくいでしょう。
私たちはビールを飲むとき、エタノールだけを摂取しているわけではありません。
- 麦やホップの香り。
- 苦味。
- 炭酸。
- 缶を開ける音。
- グラスに注ぐ。
- 乾杯する。
- 料理と一緒に飲む。
- 仕事が終わった夜に飲む。
何度もビールを飲んできた人なら、こうした感覚や状況は、過去の「お酒を飲んだ経験」と繰り返しセットになっています。
心理学では、人が「アルコールを飲めばこうなる」と考える期待(expectancy)や、過去の経験から特定の刺激と反応が結びつく条件づけ(conditioning)が研究されています。
そのため、0.00%のビールを飲んだときに生じる気分まで、「アルコールがないのだから何も起きていない」と考える必要はありません。
一方で、「ビールらしい味を飲めば、アルコールと同じ効果が起きる」とまで言う根拠もありません。
研究から言えるのは、その中間です。
「酔う」「酔った気がする」「リラックスする」は別の話
ここまでの研究がややこしく見える理由は、私たちが普段「酔った」という一言で、かなり違う現象をまとめて表現しているからかもしれません。
アルコールによる酩酊は、エタノールの薬理作用によって起こります。
「酔った気がする」という主観的な酩酊感は、アルコールがなくても期待によってある程度生じることが実験で確認されています。
そして、「うれしくなった」「嫌悪感が和らいだ」「リラックスした」という気分変化は、そもそも酩酊そのものではありません。
ノンアルコール飲料を使った日本の研究が示したのは、主にこちらです。
この3つを一緒にしてしまうと、「ノンアルでも酔える」あるいは逆に、「アルコールがないんだから全部気のせい」という両極端な説明になってしまいます。
どちらも正確ではありません。
「一杯飲んでオフになる」は、アルコールだけの力なのか?
仕事を終えて、ビールを開ける。
グラスに注ぐ。
香りを嗅いで、一口飲む。
そして、「今日も終わった」と少し力が抜ける。
普通のビールなら、もちろんそこにはアルコールの薬理作用があります。
しかし研究を追ってみると、私たちが一杯のビールから受け取っている体験のすべてを、アルコールだけで説明する必要もなさそうです。
- 味や香り
- その飲み物を好きだということ
- 過去に飲んできた経験
- 「これを飲んだらオフになる」という期待
- グラスや食事、その場の雰囲気
それらも含めて、一杯の体験はできています。
だとすれば、「ビールを飲む楽しさ」と「アルコールを摂取すること」は、完全に同じものではないのかもしれません。
0.00%のノンアルコールビールを飲んで、「少し酔った気がした」。
アルコールによる酩酊ではありません。
でも、「少し気分がほどけた」という感覚まで、なかったことにする必要もなさそうです。
気のせいかもしれない。
ただ、「気のせい」という言葉だけでは説明しきれないほど、人が一杯の飲み物から受け取っているものは複雑なのです。
参考文献
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小野間統子・渕本潤・坂井信之「ノンアルコール飲料による酩酊感の心理学的検討」日本味と匂学会誌, 20(3), 281–284, 2013.
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