ビールに欠かせない材料、ホップ。
ホップは、苦みだけでなく、鼻から香るアロマ、口の中で弾けるフレーバーなど、様々な表情を見せてくれます。
さらにホップは、ビールの中で微生物の増殖を抑え、泡の安定にも関わります。
つまり、ホップはもともとかなり多機能な植物です。
では、その多様な成分がビールの外――人の身体に入ったときには、何をするのでしょうか。
調べてみると、こちらも意外に多面的でした。

人を対象にした試験では、特定のホップ由来成分を継続して摂った人で、このような結果が報告されています。
- 内臓脂肪や体重が減った
- 空腹時血糖が下がった
- 注意力が上がった
- 疲労感やストレスが軽くなった
- 更年期のほてりが減った
しかも、一部の苦味成分について調べると、ヒト試験で使われた成分量は、「クラフトビールに入っている成分量」と比べても、十分な量でした。
この記事では、体に与える影響について、詳しく見ていきます。
ホップの中には、そもそも何が入っているのか
ホップの毬花には、黄色い粉のように見えるルプリンがあります。
写真:「Lupulin in a cross section of a hop cone」Andrew Kvalheim / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
ここには、性格のまったく異なる成分が多数含まれています。
大きく分ければ、こんな役割があります。

| ホップの成分 | ビールの中での主な役割 |
|---|---|
| 苦味酸 | 苦味、微生物の増殖抑制、泡への寄与 |
| 精油 | 柑橘、トロピカル、フローラル、ハーバル、スパイシーなどの香り |
| 硫黄系の香気成分 | 微量でもグレープフルーツやトロピカル系の香りに強く寄与 |
| ポリフェノール | 渋味、口当たり、濁り、酸化安定性などに関与 |
| プレニル化フラボノイド | 香味よりも、人体への作用という面で研究されている |
| ホップ由来の酵素 | ドライホップ後の再発酵にも関係する |
また、ホップ精油には、数百の香気成分が報告されています。しかも、それらがそのままビールへ移るわけではありません。
煮沸で飛ぶもの、発酵中に失われるもの、酵母によって別の香りへ変換されるものがあります。
「ホップの香り」は、一つの香気成分の匂いではなく、植物と醸造プロセスがつくる複雑な結果です。
身体への作用についても同じです。
「ホップ」という一語で考えるのではなく、どの成分が身体のどこに働いたのかを見る必要があります。
ホップ由来の苦味成分で、内臓脂肪が減った試験がある
まず、人の試験で比較的具体的な結果が出ているのが、体脂肪や血糖です。
2016年、日本のBMI 25以上30未満の男女200人を対象にした試験では、ホップを熟成させてできる苦味成分を含む飲料を12週間、毎日350mL飲んでもらいました。
飲料に含まれていたホップ由来成分は1日35mg。
その結果、プラセボ群と比べて、CTで測定した内臓脂肪面積が8週と12週で小さくなり、12週では腹部全体の脂肪面積にも差が出ました。
これは「体重計に少し差が出た」という話ではありません。
腹部をCTで測り、内臓脂肪そのものの面積を比較した試験です。
さらに2009年には、血糖値が高めの日本人94人を対象に、ビールの代表的な苦味成分であるiso-α酸を1日16mg、32mg、48mg摂る試験が行われています。
プラセボ群では変化せず、32mg・48mg群では空腹時血糖が低下し、48mg群では12週後のBMIと総脂肪面積も減りました。
そして2026年には、さらに別タイプの苦味ホップ抽出物を使った24週間の試験も発表されました。
150人を無作為に分け、全員が同じ減量のための生活指導を受けながら、一方には1日500mgのホップ苦味抽出物、もう一方にはプラセボを摂ってもらいました。
完遂した128人では、24週後にプラセボに比べて、ホップ抽出物群の体重減少が3.8ポイント大きく、推定脂肪量の減少も3.9kg大きいという結果でした。
空腹感についてもプラセボとの差が出ています。
これらは同じホップ素材を使った研究ではありません。
しかし少なくとも、「ホップの苦味成分は舌を苦く感じさせるだけ」ではないことは分かります。
消化管などにも苦味を感知する仕組みがあり、ホップ由来の苦味成分と食欲・エネルギー代謝との関係が、人でも研究されるようになっています。
苦味成分は、脳や気分にも関係するのか
さらに意外なのが、注意力や気分です。
2020年、45〜64歳の健康な男女60人を対象に、熟成ホップ由来の苦味成分を1日35mg、12週間摂ってもらう試験が行われました。
6週後には言葉を素早く思い出す課題、12週後には不要な情報に惑わされず回答する注意・実行機能の課題で、プラセボより良い成績が出ました。
さらに12週後には、プラセボに比べ、本人が感じる疲労感と不安感も改善しています。
100人を対象にした別の試験でも、同様のホップ苦味成分を12週間摂った群で、複数の情報へ注意を配る能力を測るテストの成績がプラセボより良くなりました。
苦味成分だけではありません。
2017年には、軽度以上の不安・ストレスなどを自覚していた若い成人を対象に、乾燥ホップ抽出物を4週間摂る小規模な試験が行われています。
完遂した36人では、ホップを摂った期間に不安、ストレス、抑うつの自己評価スコアがいずれもプラセボより低下しました。
「ホップを摂れば頭が良くなる」「ストレスが消える」という話ではありません。
ただ、ホップ由来の成分が、人の認知課題や主観的な気分にまで変化を起こした試験が存在するという事実は、ビール原料としてしかホップを見ていなかった人にはかなり意外ではないでしょうか。
ホップには、女性ホルモンに似た働きをする成分まである
さらに性格の違う成分があります。
ホップには、人の身体が女性ホルモンのエストロゲンを受け取る仕組みに作用する成分が含まれています。
その代表が8-PN(8-プレニルナリンゲニン)です。
8-PNは、植物由来の成分としてはかなり強いエストロゲン様活性を示すことが知られています。
この話には興味深い歴史があります。
昔から、女性のホップ収穫作業者で月経の乱れがみられたという観察があり、「ホップには女性ホルモンに似た何かがあるのではないか」と考えられてきました。
後にホップから8-PNが同定され、エストロゲン受容体へ作用することが分かりました。
そしてこれは試験管の中だけの話でもありません。
2016年には、更年期の女性120人をホップ錠剤群とプラセボ群に分けて12週間追跡したRCTが行われています。
ホップ群では4、8、12週のいずれでも、プラセボに比べて、更年期症状のスコアと、ほてりの回数が低くなりました。
一方、67人を対象に8-PN量を規格化したホップ抽出物を調べた別の試験では、100µg/日群で6週後にはプラセボとの差が出たものの、12週後には明確な差がなく、250µgへ増やせばさらに効くという結果にもなりませんでした。
つまり、ホップのホルモンへ作用することそのものは実在します。一方、更年期症状にどの量がどれだけ効くかまで単純に決着しているわけではない、というのが現在地です。
ところで、その成分は普通のビールにも入っているのか
ここまで読むと、
「でも、それって特殊なホップ抽出物やサプリメントの話でしょう?」
と思うかもしれません。
ここが面白いところです。
成分によっては、研究で使われた量と実際のビール中の量が、完全な別世界ではありません。

2015年に市販ビールを分析した研究では、日本の主要ラガー5銘柄から、熟成・酸化したホップ苦味成分であるMHBAが19〜38mg/L検出されました。
350mL缶に換算すると、約7〜13mgです。
さらに外国ビールでは最大210mg/L。
特にホップを大量に使用し、苦みが強いことで知られているIPAで高いです。
仮に210mg/Lなら350mL缶で約74mgになります。
先ほど紹介した内臓脂肪の試験で使われたMHBAは、
35mg/日。
つまり少なくとも分析された一部のホップを全面に押し出したタイプのビールでは、350mLに含まれる同系統の苦味成分量が、ヒト試験で使われた量と同じオーダーになり得ます。
iso-α酸でも、日本のラガー5銘柄では16〜27mg/L、海外ビールでは最大64mg/Lが測定されています。
350mLならそれぞれ約6〜9mg、最大約22mgです。
2009年のヒト試験は16〜48mg/日でした。
これは重要な点です。
「ホップの身体作用研究は、ビールとは完全に無関係な超高濃度成分の話」とは、言い切れないのです。
もちろん、ここから「IPAを飲めば内臓脂肪が減る」とは結論できません。
研究では成分量を一定にした素材を毎日継続して摂っています。
市販ビールは銘柄ごとに含有量が違いますし、アルコール入りのビールならアルコール自体の身体への影響も加わります。
ただし、それは「ビールとは何の関係もない」という意味でもありません。
私たちが実際にビールを飲んだとき、少なくとも一部のホップ由来成分は、研究対象になるような量の範囲まで入ってくる場合がある。
これは、ホップを理解するうえでかなり面白い事実です。
すべてのホップ成分が、ビール1杯で研究量に届くわけではない
反対の例もあります。
たとえばキサントフモール(XN)。
ホップ特有のポリフェノールの一種で、細胞や動物では炎症、代謝、がん細胞など非常に多くの研究があります。
しかし、こちらは通常のビールに含まれる量と、人を対象にした研究で使われる量との距離がかなり大きくなります。
つまり、
- 苦味成分の一部は、ビールでもヒト試験量と同じオーダーになり得る
- 一方、キサントフモールなどは通常の飲用量では研究用量からかなり遠い
という違いがあります。
「ホップの健康成分」と一括りにしてはいけない理由はここにあります。
同じホップの中でも、ビールとして飲んだときに身体へ入る量は、成分ごとにまったく違うのです。
個人的には、かなり意外な結果だった
個人的には、ビールは食欲増進、太りやすい、集中力が下がるという前提認識があったので、この効果は意外でした。
アルコールによる影響と、ホップによる影響を、明確に切り分けて、捉えるべきなのでしょう。

そして最後に、「ホップを触っていると眠くなる」は本当なのか
ホップと身体の関係には、もう一つ有名な話があります。
しかもこれは、現代の健康食品ブームから出てきた話ではありません。
ホップは昔から「眠りを助ける植物」とされてきました。

ホップの民族植物学をまとめたレビューには、ホップを収穫したり扱ったりする人が仕事中に非常に強い眠気を感じたことから、その鎮静作用が知られるようになったという記録があります。
乾燥したホップを詰めた「ホップ枕」も、睡眠を助ける目的で昔から使われてきました。
これは単なる昔話として消えたわけでもありません。
欧州医薬品庁(EMA)は現在も、ホップを軽い精神的ストレスの緩和や睡眠補助に伝統的に使用されてきた生薬として位置づけています。
では、ホップを摂れば本当に眠れるのでしょうか。
ここは意外にも、現代科学の答えが一番すっきりしていません。
184人を対象にした比較的大きなRCTでは、ホップとバレリアンを組み合わせた製剤で主観的な睡眠にわずかな改善がみられましたが、プラセボとの有意差は限られ、睡眠検査で測った客観的な睡眠の連続性には明確な差がありませんでした。
2025年の小規模RCTでは、バレリアン+ホップ群でウェアラブルが推定した睡眠時間がプラセボより平均約22分長くなっています。
しかし、どちらもホップ単独ではありません。
植物由来の睡眠補助についてまとめたシステマティックレビューでも、ホップ単独を含め、多くの植物で質の高いヒト研究が不足しているとされています。
なんとも皮肉な結果です。
何百年も「眠りの植物」として知られてきた作用より、体脂肪や認知機能のように近年調べ始めた作用の方が、現代のヒト試験では具体的な結果が出ている。
経験から知られてきた植物の作用と、現代科学が証明しやすい作用は、必ずしも同じ順番にはならないようです。
ホップは、思っていたよりずっと「身体に働く」植物だった
クラフトビールを飲んでいると、ホップを香りと苦味の言葉で語ることが多くなります。
Citraなら柑橘やトロピカル。Saazならハーバル、スパイシー。
α酸が何%で、IBUがいくつで、ドライホップを何kg使ったか。
もちろん、それはホップの重要な一面です。
しかし身体側から見ると、また違った姿が現れます。
ホップ由来の苦味成分で内臓脂肪や体脂肪が変化したヒト試験がある。
注意力、疲労感、不安感が変化した試験がある。
女性ホルモンに似た作用をする成分があり、更年期のほてりが減った試験まである。
そして一部の苦味成分については、ヒト試験で使われた量が、実際のホッピーなビールに含まれる量と完全に別世界でもありません。
一方で、昔から最も有名だった「眠りを助ける」という作用は、現代科学ではまだ意外なほど決着していません。
ホップは「健康に良い植物」という一言では雑すぎるし、「ビールに香りと苦味をつける植物」だけでも不十分です。
ビールの中でも、身体の中でも、複数の成分がそれぞれ違う仕事をしている。
それが、研究から見えてくるホップの面白さです。
私がホップをここまで調べている理由
アストローカでは、ノンアルコールでもクラフトビールらしい香り、苦味、飲みごたえを楽しめる一杯を開発しています。
そのために、ホップの品種や香気成分、抽出方法まで一つずつ調べています。
開発の続きや発売情報はLINEでお知らせします。
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